はじめに|登山の栄養について興味をもったきっかけ
登山を始めたばかりの頃、行動食は自分の好きなお菓子だけをジップロックに詰め込み、食べたいときに食べたいだけ、遠足気分で食べていた。
だが登山の経験も増えてきたころ、自分のその日摂取したもので体調がいい日や悪い日、ガンガン登れる日やそうでない日の違いがあることがわかってきた。
栄養がうまく摂取できていないと、元気がでない。パワーが湧かない。そんな体験をした。
「登山中の栄養摂取」はあなどれない。むしろ、安全に登山を続けるにはとっても大切なものだというのに気が付いた。
そしてそれからのわたしは「登山に必要な栄養について」模索する日々が続いた。登山店で働きながら、同僚やお客様との会話の中からヒントを得たり、実際に登山に行っては実験もしてみた。
今回、「登山に必要な栄養について」を分かりやすくまとめ、わたし自身、行動食に迷ったときにこの記事にまた戻ってくるだけで理解・疑問の解決に繋がるように作成しました。
登山に大切な、安全に登り続けるための栄養素とは
まず、登山で欠かせない栄養素といえば、
- 糖質(エネルギーになる)
- 脂質 (エネルギー摂取を助ける)
- たんぱく質 (筋肉の回復と成長)
人間が生きていく中で必要な「三大栄養」といわれているこの3つです。
そしてその中でも基本中の基本、車でいうとガソリンの役割となるのが「糖質」と「脂質」です。
エネルギー(カロリー)は糖質×脂質で補う。この2つが一番の基本
まずはざっくりと、2つの栄養素の比較表からご覧ください。
糖質 | 脂質 | |
1gで作れるエネルギー | 4キロカロリー | 9キロカロリー |
持続率 | △ 約1.5時間 | ◎ 約7.4日 |
即効性 | ◎ | △ |
どこに届く? | 筋肉だけじゃなく脳にも | 主に筋肉 |
どちらも、摂取することでエネルギーに変換される栄養ですが、一長一短だということがわかります。それぞれの特徴とはどんなものがあるのでしょうか。
即効性があるが持続率が低い糖質(炭水化物)
糖質は、以下のように分類できます。
単糖類(ブドウ糖・果糖) | フルーツやはちみつ |
多糖類(デンプン) | パンやご飯などの主食、イモ類豆類など |
少糖類・二糖類(ショ糖) | 砂糖、飴、チョコレートなど |
※糖質の最小単位をブドウ糖と呼び、フルーツやはちみつのことを指します。そして多糖類・少糖類も、このブドウ糖が結び合ったりしてできたものなので、一般的に「糖質=ブドウ糖」として表現されることも多いかと思います。
これら糖質は、登山に最も必要なエネルギー源となりますが、体内に吸収されるスピードや摂取のしやすさなどが変わるため、状況に応じて取り分けるのがおすすめです。
糖質の摂取により血糖値が急激にあがると眠気を引き起こし集中力がきれてしまう可能性があるので、できるだけ血糖値の上昇がゆるやかな糖質を取ること、一度でたくさんではなく少量に分ける、などの工夫ができると、なおGOODです♪
そして糖質でしかできないこと。それは、脳みそ・神経系・赤血球へのエネルギー補給です。
これは脂質では補えません。登山では、判断力が必要になったり、険しい山道を歩く際に集中力が必要な状況にも度々遭遇しますが、糖質が枯渇してしまうと脳にうまくエネルギーが届かず、怪我や道迷いに繋がることもあります。
登山で体を動かしているのに眠くなったり、ボーっとしてしまうのは糖質不足が原因の可能性が。「何もないところで転んでしまった」などということがありますが、これは脳の動きが低下したために発生しがちだと言われています。
山行途中に行動食でうまく糖質を追加して、気づかぬうちに脳のエネルギーが不足してしまうという事態に陥ってしまわないように、心がけるのが大切です。
さてこの糖質は、素早くエネルギーに変えることができるため即効性があると言われてますが、実は体内に蓄えられる時間(持続率)はそんなに長くありません。
そこで必要になるのが、「脂質」というわけです。
即効性はあまりないが持続率が高い脂質
次に、同じくエネルギーの源となる脂質。脂質は、1g摂取することでうまれるエネルギーが9キロカロリーと、糖質に比べてかなり高く、少量の摂取でたくさんのエネルギーが作れるというメリットがあります。
さらに、摂取後に体内で蓄えられる時間が短い糖質に比べ、脂質は長く貯蓄でき、その高い持続率にも注目できます。
ただし!脂質にはひとつユニークな特徴が。それは「脂質は糖質と一緒じゃないとエネルギーとして使えない」という点です。
といういことで、
・登り始め、運動の負荷が大きいとき=糖質を
・長時間の山行、負荷が少ないとき=脂質を
というふうに、状況に応じて糖質×脂質を組み合わせることが登山には効率的だということがわかります。
どちらかひとつでも欠けるとどうなる?
糖質・脂質は併用することでうまくエネルギーとして発揮してくれることがわかりましたが、どちらか一つに偏ってしまうとどのような弊害が出るのか?
脂質が枯渇すると
「糖質は脳みそへのエネルギー補給にもなる」とお伝えしましたが、脂質が体内に十分にあることで糖質はエネルギーとして脳に十分に届き集中力の持続が可能になりますが、脂質が枯渇してしまうと、本来なら脳に補給したい糖質が脳に届きにくくなり、集中力低下・怪我・道迷いに繋がってしまいます。
糖質が枯渇すると
「脂質は糖質と一緒じゃないとエネルギーに変換されない」とお伝えしましたが、糖質が枯渇してしまうとせっかくの脂質もエネルギー変換できなくなり、その代わりにタンパク質(筋肉)を分解してエネルギーにしてしまいます。それにより、筋肉疲労が早まり、転倒や転落の危険に繋がってしまいます。
結論
どちらかに偏るのではなく、糖質×脂質の組み合わせが大事。タイミングに応じてうまく摂取しましょう♪ では具体的にどのくらいのカロリーを、登山中に摂取すればいいのでしょうか? すごく簡単な計算方法をご紹介しているので、ひきつづき見てね♪
性別・年代別、必要なカロリーが簡単にワカル♪
運動する際に消費されるカロリーは、簡単な計算式で解くことができます。
(体重+装備重量)×メッツ数×行動時間=消費カロリー
です。 そしてこの消費カロリーのうちの約7割~8割を、行動食から摂取することが推奨されています。
メッツ数とは:運動による消費エネルギーは、メッツ(Mets)と呼ばれる単位を用いて計算します。メッツは、静かに座っている状態を1メッツとして、運動が激しくなればなるほど数値は大きくなっていきます。
登山は、装備の量や行程の強度によって変わるため「約5~7メッツ」ほどといわれています。
こちらの計算式ソフトを使えば、自分の消費カロリーを簡単に解いてくれるよ♪(→簡単なので個人的におすすめです)
また、もっと厳密に知りたい方は、YAMMAPが登山の運動生理学の第一人者、山本正嘉教授とともに出した最新の計算方法で、登りの累積標高・下りの累積標高の情報を計算式に加えた厳密なカロリー数を出すこともできます。そちらの計算ソフトは「ココカラハイク」さんのブログの一番下で紹介されてます。
ちなみにわたしの場合、「体重58kg、日帰り装備で仮に3kg、5時間の行程」だとすれば、
(58+3)×6.5(推定メッツ)×5(時間)=1982kcalという数字がでます。
行動中に摂取しないといけない割合は7~8割だと言われているので、
1982×0.7(割合)=1387
1387÷5(行動時間)=277カロリー/1時間
単純計算ですが、1時間につき約277カロリー(おにぎり約1.5個分)を摂取しないといけないという計算となります。
こんな風に実際の数字を出してみると、より頭でイメージが湧きやすくなりますね♪
筋肉の回復・成長に役立つタンパク質も摂ろう
エネルギーでガソリンを補給したら、次に必要になるのはタイヤのメンテナンス。走りすぎてパンクしたタイヤだと、ガソリン満タンでも走れません。
わたしたちの体でいうと「筋肉」。登山で疲れ切った筋疲労を回復させるためにも、そして登山で身に着けた筋力をより成長させるためにも、タンパク質の摂取を心がけたいものです。
なぜタンパク質が登山に必要?タンパク質の効果
筋肉と深い関わりがあるのがタンパク質、というのはご存じの方も多いのではないでしょうか。わたしも以前パーソナルジムに通っていたときは(ダイエットに燃えていた若かりし頃)、トレーナーさんの勧めでプロテイン(タンパク質)を飲んでいたものです。
タンパク質は、
- 激しい運動によって引き起こされる筋肉痛・倦怠感・だるさを回復させる
- 新しい筋肉を作る
主にこの2つの効果をもたらします。
そして、意外と知られていないのがもう一つの効果。タンパク質は「植物性タンパク質」「動物性タンパク質」にわかれますが、動物性タンパク質には「セロトニン」という成分が含まれ、ホルモンを分泌させ精神的な疲れを軽減させてくれる効果があります。
体・精神の2面をサポートしてくれるタンパク質は、登山者にとって大変貴重な栄養素であるということです。
「アミノ酸」や「ペプチド」もタンパク質と一緒?
アミノ酸やペプチド、プロテインは、いずれもタンパク質ですが、分子量の状態により呼び方が異なります。
食品から摂取したタンパク質は、体内でプロテイン→ペプチド→アミノ酸に変化され、最終的にアミノ酸が内臓や筋肉を構成するもの・エネルギーになるものに分かれていくと言われています。(アミノ酸が最終形態)
体への吸収スピードは以下の図が参考になります。(出典:モンベル公式HP)
食品に比べて吸収率のいいアミノ酸・ペプチド・プロテインが、サプリで販売されている理由がこの図からも分かります。
その他:ビタミン・ミネラル・鉄分・塩分について
さて、ここまで糖質・脂質・タンパク質の三大栄養素をバランスよく摂取することが登山にとっても大切だということがわかりましたが、そのほかにも意識して摂取したい栄養素がいくつかあります。
ビタミン|エネルギーの代謝を高める&筋肉痛を緩和
ビタミンはエネルギーの代謝を高める役割があります。さらにビタミンB1には、筋肉痛を和らげてくれる効果も報告されています。ビタミン不足のまま運動をしてしまうと、骨が弱くなる可能性もあるので、行動食でしっかりと摂取しましょう。
ミネラル|足の攣り・熱中症&脱水症の予防に
ミネラルと一言でいっても、その要素は多数。人間の体に必要といわれているのは16種類にも及びます。
カルシウム | 骨や歯をつくる、神経の興奮を抑える |
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リン | 骨や歯をつくる、糖質の代謝を助ける |
カリウム | 血圧の上昇を抑える、利尿作用 |
硫黄 | 皮膚・髪の毛・爪などをつくる |
クロール(塩素) | 胃液の成分となる、殺菌効果 |
ナトリウム | 血液・体液の濃度を調整する、筋肉や神経の興奮を抑える |
マグネシウム | 骨や歯を強くする、酵素の働きを助ける、神経の興奮を抑える |
鉄 | 赤血球のヘモグロビンの成分となる |
---|---|
亜鉛 | ホルモンの合成を活性化させる |
銅 | ヘモグロビンの生成を助ける |
マンガン | 骨や関節をつくる |
クロム | 糖や脂質の代謝を高める |
ヨウ素 | 成長促進、基礎代謝を高める |
セレン | 抗酸化作用 |
モリブデン | 肝臓や腎臓で老廃物を分解する |
コバルト | 血液をつくる |
とくに登山で注目される役割としては「エネルギー代謝を促す」「疲れを軽減させる」「足の攣りを予防する」「熱中症・脱水症を予防する」などです。
体が疲れやすいなら…鉄分を
鉄が不足すると「貧血」という状態となり、体が疲れやすく、立ち眩みや眩暈を引き起こします。普段からこのような症状が出やすい方は、鉄分をより意識して摂取することをおすすめです。
足がよく攣るなら…マグネシウムやカルシウムを
足がつる、というのは、別名でこむら返りともいわれていますが、筋肉が痙攣をおこし硬直したまま緩まない状態が続くことを指します。足の筋肉疲労の主な原因は、筋肉疲労、神経伝達異常、血行不良、足の筋肉が冷える、 水分不足の6つが挙げられます。
マグネシウムやカルシウムは筋肉細胞や神経細胞の働きに深くかかわっているため、「神経伝達異常」を予防してくれる効果があります。不足すると筋肉の収縮や神経の伝達がうまくいかず足のつりに繋がってしまいますので、普段足がつりやすい方はサプリなどで積極的に取り入れることをおすすめします。
脱水症予防にはナトリウム(塩)を
脱水症の原因は、体内の水分不足、ということは明確ですが、ただ水を摂取すればいいということではありません。汗を大量にかくことで、体内からは水分だけでなく、塩分(ナトリウム)やカリウムなどの電解質が排出されるのです。それを補うために水ばかりを摂取することで血液中の塩分濃度が一気に低下し、水中毒(低ナトリウム血症)を引き起こされることも大きな原因だと言われています。
厳密にいうと、汗の成分は99%が水で、残りの1%に乳酸や尿素、塩分、カリウム、マグネシウム、鉄分、亜鉛などのミネラルが含まれています。汗の成分バランスは季節によって異なり、春先から夏にかけてはナトリウムやカリウムの含有濃度が高くなります。
脱水症をそのままにしておくと頭痛や吐き気、熱中症、足のつりや痙攣などにも繋がるので、登山中には必ず水分と一緒にナトリウム・カリウムの電解質を摂取することが大事になります。
ミネラルの摂取方法
一番簡単な摂取方法としては、薬局で買える経口補水液がおすすめです。※スポーツドリンクは経口補水液に比べてナトリウムが3分の1ほどしか含まれていないので、日常生活なら十分ですが、登山などの激しい運動の場合は経口補水液がより効果的です。
合わせて、梅干しや塩サプリ、電解質サプリなどを行動食として取り入れるのもおすすめです♪
クエン酸|エネルギーの代謝を高める&疲労回復
最後にもうひとつ。疲労回復に役立ってくれるクエン酸も、できれば摂取したい栄養素となっています。
クエン酸は、体内の疲労物質を除去してくれる効果があるのに加え、ビタミンと同じくエネルギーの代謝を高めてくれますし、ミネラルの吸収をサポートする役割まであります。
まとめ |完璧を目指さず自分の体と向き合う
ここまで、様々な栄養素についてまとめましたが、すべての栄養を完璧に摂取しようと思うと、楽しみよりもストレスが上回ってしまいます。
それよりかは、自分の体の特性をよく知ること、その日のコンディションと相談すること、そしてなにより楽しく・美味しく・簡単に摂取できることを優先にしながら、向き合っていけたらなと思います。